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1904-R-0202
一戸建ての賃借人は庭の植栽の手入れをする義務があるか。

 当社が媒介した一戸建ての賃貸借契約が満期になり、賃借人が退去した。賃貸借契約では庭木の手入れ等についての取決めはしていなかったが、賃借人は、賃貸期間中、庭の手入れを一切行わず、庭木の一部が枯れかかり、雑草は生い茂ったままである。

事実関係

 当社は賃貸の媒介業者である。当社が2年前に賃貸借契約の媒介をした一戸建ての賃借人が期間満了により退去することになり、賃貸人とともに退去立会いをした。原状回復について建物内は特に問題がなく、賃借人の費用負担は発生しない。しかし、庭全体に雑草が生い茂り、庭木の2本が枯れかかっていた。庭木が枯れ始めているのは雑草の影響かもしれないが定かではない。賃借人は庭木の手入れや剪定の知識がないため、契約時に賃貸人、賃借人間で庭木の手入れについての取決めはしていない。賃借人は庭には関心がなく、雑草が生えても放置したままであった。賃貸人は、賃借人が建物を賃借していても、庭も使用しているのだから雑草くらいは除草していると思っていた。賃貸人は2年間の海外転勤から戻り、仮住まいをしているが、海外転勤の間は自宅を確認することもできなかった。賃貸人が住んでいたときは、枯れかけている庭木も含めて剪定したり、雑草を取り除いたりして大事にしていた。賃貸人は、賃借人に対して賃借人に原状回復義務があるとして、敷金から枯れかかっている庭木費用と除草費用を差し引いての返還を考えている。
 なお、賃貸借契約は建物が賃借対象であり、重要事項説明書及び契約書では、敷地や庭についての使用方法や管理方法には触れていない。

質 問

1.  賃貸人は、賃借人に対して原状回復費用として、庭木及び除草費用を請求することができるか。

回 答

1.  結 論
 賃借人は、賃借物についての一定の善管注意義務を負っており、賃借人が適切な管理をしなかったときは、損害賠償責任が生じる場合がある。
2.  理 由
 建物賃貸借は、賃貸人が賃貸物を賃借人に使用収益させ、賃借人は賃料を支払う契約(民法第601条)であり、契約終了後は、当然に、賃借物である建物を返還するものである。そして、賃借物の占有者である賃借人は、賃借物を賃貸人に引渡しするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない義務を負っている(同法第400条)。庭付き一戸建ての場合、庭の手入れに関して、賃借人は、建物を賃借し賃料を支払っている側であり、庭を賃借しているとの認識は薄く、賃貸人が手入れするものと考えるであろう。反対に、賃貸人からすれば、所有者とはいえ、みだりに賃貸物に立ち入ることは無断侵入ともなりかねず、庭への立ち入りがはばかられ、また、賃借人が手入れしているとの認識もあろう。このように当事者の認識に齟齬をきたす場合がみられる。契約書等で庭の手入れについて取決めをしていないときは、手入れについては誰がするのであろうか。
 裁判例では、「庭付き一戸建て物件の賃貸借契約においては、庭及びその植栽等も建物と一体として賃貸借の目的物に含まれると解するのが当事者の合理的意思に合致するというべきである。そうすると賃借人は賃貸物件の敷地・庭の植栽についても、信義則上、一体の善管注意義務を負う」と建物のみならず、庭も賃借対象と認めている。賃借人が手入れを行わずに放置したことにより植栽等に損害を生じさせれば、「一般的な庭の管理として行われるべき定期的な草取りが適切に行われていなかったものと推認される。従って、この点は賃借人らの善管注意義務違反とみるのが相当」と善管注意義務違反を認め、また、庭木の枯れに対しても、枯れは突然に起きるものではなく、枯れの兆候に気付いたであろう賃借人に、「その変化の状態に気付き、これを媒介業者ないし賃貸人に知らせて対応策を講じる機会を与えるべき義務」があるとし、賃借人に損害賠償責任(同法第415条)を認めたものがある(【参照判例】参照)。
 国土交通省が公表している「原状回復めぐるトラブルとガイドライン」でも、戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草に関して、「草取りが適切に行われていない場合は、賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断される場合が多い」との考え方を示しており、【参照判例】を紹介している。
 媒介業者は、庭付き一戸建ての賃貸借の契約に際し、賃貸人の意向を踏まえ、賃借人の合意も得たうえで、費用負担者を含めて庭木の手入れや草刈りについて、重要事項説明書や契約書に取り決めておくことが必要であろう。

参照条文

 民法第400条(特定物の引渡しの場合の注意義務)
 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
 同法第415条(債務不履行による損害賠償)
 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
 同法第601条(賃貸借)
 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(国交省)
 <別表1> 損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表
 ●戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草
 (考え方)  草取りが適切に行われていない場合は、賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断される場合が多いと考えられる。

参照判例

 東京簡裁平成21年5月8日 ウエストロー・ジャパン(要旨)
 本件契約書及び重要事項説明書には、賃貸借の目的物として建物のみが記載され、敷地、庭の植栽等に関する記載が一切ないことは認定のとおりである。しかし、本件のような庭付き一戸建て物件の賃貸借契約においては、賃借人らのような庭の使用状況に照らして、庭及びその植栽等も建物と一体として賃貸借の目的物に含まれると解するのが当事者の合理的意思に合致するというべきである。そうすると賃借人らは本件賃貸物件の敷地・庭の植栽についても、信義則上、一体の善管注意義務を負うと解するのが相当である。
 庭の植栽の剪定をしなかったことを賃借人の善管注意義務違反とみることができるかどうかについては、敷地・庭の植栽の管理方法についての具体的な合意・約定がないこと、媒介業者から基本的には植栽は刈らないようにとの説明を受けていたこと、植栽の剪定・養生にはこれに関する一定の知識経験が必要と解されるが、賃借人らには知識経験はほとんどなかったこと等に照らせば、剪定をしなかったことを賃借人らの善管注意義務違反とみることはできないというべきである。
 賃借人らの入居前と退去後の庭の草の状況を比較すると、退去後は明らかに草が生い茂っている状態であり、一般的な庭の管理として行われるべき定期的な草取りが適切に行われていなかったものと推認される。従って、この点は賃借人らの善管注意義務違反とみるのが相当である。
 松枯れの原因は不明であり、賃借人らの善管注意義務違反によるものかどうかは明らかでない。しかし、松枯れがある日突然起きたわけではなく、徐々に葉の状態を変化させながら枯れるにいたったものと推認される。そして、本件の松はいわゆる門かぶりの松であり、その変化の推移は居住していた賃借人らが毎日目にしていたはずのものである。そうすると、庭の植栽についても、信義則上、一定の善管注意義務を負うと解される賃借人らは、その変化の状態に気付き、これを媒介業者ないし賃貸人に知らせて対応策を講じる機会を与えるべき義務があったと解するのが相当であり、これを怠った賃借人らには善管注意義務違反があったと認めるのが相当である。

監修者のコメント

 同じグレード、同じ面積、同じ利便状況の2つの一戸建建物があったとして、1つは敷地面積が100㎡、もう1つは300㎡の場合、それが「建物」の賃貸借契約であったとしても常識的には後者のほうが賃料が高いであろう。また、まったく同じような建物であっても、一方は単なる無味乾燥な敷地、他方は立派な庭園ふうの敷地であった場合、後者のほうが建物賃料も高くなるのが常識と思われる。要するに「建物」賃貸借と言っても、建物のみに着眼しているのではなく、一戸建建物の賃貸借契約では、その庭や植栽等も建物と一体のものとして賃貸借の対象に含まれると考えるのが社会通念である。したがって、一戸建建物の賃借人は、敷地や庭の植栽についても、契約における信義上、一定の善管注意義務を負っていると解するのが妥当である。回答や参照判例の説示が理にかなっており、この考えに沿って、一戸建の媒介に当たって賃借人に説明し、トラブルの防止を図るべきである。
 なお、特約により賃借人の管理責任を明確にしておくことが望ましいことは言うまでもない。

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