1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。
パリ第三大学留学後、フランス在住。シンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。またフリージャーナリストとして著書『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書) 他。
2019年10月01日公開
前回、退職後の資産形成の手法のひとつとして触れたSCPIについてご紹介したいと思います。
フランスでは、民法に基づく不動産所有法人である「不動産民事会社」というものがあります。会社税(法人税)などのない導管体です。持分に対する収入は税務上不動産収入として扱われますが、持分そのものの取引は証券として扱われるため、売買は不動産の登記移転よりも簡単に、安くできます。そのため、家族で設立するケースも多く、非常によく使われています。
この制度を利用して、不特定多数を募集する会社が1970年代に現れました。その後法整備が進んで、不動産所有賃貸(もちろん物件の入れ替えはします)の会社型ファンドSCPI(不動産投資民事会社)となりました。一応、会社形式なので年一度社員総会があり、役員もいますが、運営はすべて管理運用会社が行っています。現在SCPIの数は175、管理運用会社数31で昨年度実績では新規に64億8000万ユーロ(1ユーロ=120円として7776億円)集め、総資産は553億8000万ユーロ(6兆6456億円)となっています。
SCPI管理運用会社は、不動産の賃貸、工事、売買をし、賃料収入および物件入れ替えのキャピタル・ゲインから彼らの報酬、工事と不動産関係税をのぞいて配当を支払います。キャッシュフローのための金融商品での運用はできますが、それを投資目的でのポートフォリオの一部とすることはできません。
利回りのいい企業向け不動産に数万円から投資できるというのが謳い文句で、いまでも所有不動産の93.17%が企業用不動産です。事務所、店舗、ショッピングセンター、倉庫、老人ホームなど幅広く投資されていて、特化(70%以上が同じ分野)を売りにしているものもあります。住宅は、ほとんどが新築賃貸住宅供給のためのさまざまな税制優遇を利用するのが目的というものです。
上場はしません。また特別な売買市場もなく、投資家の相対取引で、各SCPIが仲介して組織しています。管理会社およびSCPIは買いとりません。そういうこともあって、持分の回転率は2018年末、1.97 %です。ほとんどが遺産相続に伴うものだといわれています。これがネックだと思われるかもしれません。株式はもちろんのこと、企業投資するファンドでもエグジット戦略が大切で、キャピタル・ゲインをいかに出すかが重要です。しかし、この商品はローリスクで安定した利回りを受け取ることが目的なのです。
回転率流動性を改革するために、60%まで不動産で30%が金融投資、10%がキャッシュというOPCIというしくみが2005年にできました。とくに、会社が買い取るということができるようになりました。当初は、多くのSCPIがOPCIに変わるのではないかといわれていました。事実、準備したところもずいぶんありましたが、ほとんどがSCPIのまま残りました。現在、OPCIの市場規模は管理会社12、OPCI数18、総資産146億ユーロにとどまっています。
また、フランス型リートのSIICも2003年にできましたが、そちらに流れてSCPIの市場が縮小するということはありませんでした。SIICとSCPIは明確に分けて考えられており、使い分けられているのです。(なお、SIICの時価総額は2017年現在1346 億ユーロ(16兆1520億円)です。)
SCPIは、まさに、不動産の特徴を享受できることに魅力があります。すなわち、実物資産である、定期的な収入がある、株式とは異なった動きをする、金利に(直接には)影響されない。とくに、フランスでは賃料は実質的なインフレスライド制になっていますからインフレ・ヘッジになります。さきに現在の利回りは4.35%といいましたが、あくまでもこれは現在の不動産価格を持分数で割ったものと賃料収入での比較との利回りです。長期的に持てば、実質の利回りはずっと高くなります。また、不動産担保ローンを使え、利子は税額控除になります。毎月の返済を積み立てのかわりと考えれば、たとえば30代で購入して、現在のような低金利であればほぼ毎年の配当で退職のときには全額返済がおわって、キャピタル・ロスのない確実な資産が残り、しかも四半期ごとに確実に年金収入が入ってくるのです。
日本にもSCPIに近い不動産特定共同事業などがあります。もっと見直されてしかるべきではないでしょうか。
最後に、一つ付け加えれば、日本の年金機構が不動産投資で大きな赤字を出しましたが、実際にはホテル経営など事業投資であって、不動産投資ではありませんでした。現在でもリートへの投資がありますが、リートはあくまでも金融商品です。不動産の特質を利用しないのは惜しい限りです。
<第1回>建物がうまくいけばすべてうまくいく!
<第2回>資産としての不動産
<第3回>“門”の内と外
<第4回>ノテール事務所
<第5回>ゴルフ場開発の資金は別荘地売却で
<第6回>Habitat indigne(「不適切な住宅」)と logement indécents
<第7回>不動産店舗取引の3つのキーワード「mur(ミュール)」「Bail(バイユ)」「Fonds(フォン)」
<第8回>リバースモーゲージとは似て非なる「ヴィアジェ」の話
<第9回>分業で行われるフランスの新規住宅供給
<第10回>開発・分譲で利用される「将来完成する状態での売却」とは?
<第11回>フランスの歴史的文化財(monument historique)
<第12回>賃貸収入の税控除と賃貸制度のしくみ
<第13回>固定資産税とは異なる「不動産税」の考え方
<第14回>老後資産の主役は「不動産」
<第15回>不動産の特徴を享受できる“SCPI”