世界の不動産事情

広岡 裕児氏 

1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。
パリ第三大学留学後、フランス在住。シンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。またフリージャーナリストとして著書『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書) 他。

広岡 裕児氏

2019年08月01日公開 

老後資産の主役は「不動産」(フランスの不動産事情<第14回>)

「老後には年金のほかに2000万円必要」と日本で大きな話題になりました。ネットなどを通じて展開される議論が見られましたが、ショックでした。もっぱら「金融資産」だけが論じられていたからです。

フランスでも老後資金の問題には政府も世論も大きな関心をよせています。年金の所得代替率は5~7割、しかも企業の退職金はありません。政府は、企業拠出の積立式年金を創設していますが、加入者は全体の2割にも満たず、額も日本の退職金(退職年金)よりもずっと少ないのが現状です。

そこで主役になっているのは不動産です。2016年にフランス政府は「金融教育」戦略を決定し、それをうけて中央銀行であるフランス銀行がサイトを創設しています。その「退職後に備えるために」では、年金と確定拠出型年金のあとで「他の貯蓄方法」として生命保険(個人年金)、株貯蓄プラン(税優遇のある)よりも前に「不動産」があげられています。紹介されているのは、自分の主たる住居の購入、ついで、賃貸不動産投資、さらに「石の紙」といわれている共同投資SCPI、OPCI、SIICです。

サイトは簡単に触れているだけですが、私なりに考えてみたいと思います。

まず、住居を持つということは、生活の場として安心できます。もちろんそれだけではありません。パリではマンションに住んでいても、地方に一軒家を買ってバカンスをすごすという例がよくあります。 退職時に20~25%が主な住居地以外の住宅を所有しているという統計がありますが、これは全国が対象ですから、パリではもっと高くなるはずです。退職時にはそこに引っ越します。 セカンドハウスがなくても地方のほうが不動産価格がずっと安いので買い換えて、老後資金の足しにします。いや、パリでは賃貸であっても、お金をためて退職後に地方の物件を買って移るということもよくあります。2011年の退職者の生活費を比べると、地方の20万人以下の都市(フランスの県庁所在地の9割)ではパリの70%となっています。つまり、所得が現役時代の7割に減っても年金だけで生活できるということです。

賃貸は、いうまでもありません。前に本欄で述べたように住宅不足の解消と投資を兼ねて、新築賃貸用不動産購入に対する税制優遇措置がよく行われています。

SIICはフランス版REITで、SCPIと OPCIについては次回説明します。個人年金や確定拠出型年金の投資先として考えられます。

このほか、国会議員、労使双方の代表、専門家、政府代表から構成される制度の観測と提案を行う退職指針評議会(le Conseil d'orientation des retraites:COR、年金に限定されるがかつて日本にあった社会保障制度審議会にあたる)や民間の研究機関では、住み続けながら不動産を現金化する活用法、不動産ヴィアジェとヴィアジェ担保融資、に注目しています。

不動産ヴィアジェは本連載第3回でご紹介しましたが、このところ停滞気味なので、活性化するために、金融機関やファンドが購入する共済化ヴィアジェが創設されています。ヴィアジェ担保融資は、死亡時に一括返済するリバースモーゲージで、英国やスペインで発達しているライフタイム・モーゲージです。フランスではまだこれからです。

翻って考えると、日本ではまったく老後資産として考えられていないことの原因の一つは、不動産の価値が守られていないからではないでしょうか。特にマンションでは、ローンを払い終わったら価値がほとんどなくなってしまうことも稀ではありません。

何千万円もが蒸発してしまうのです。日本には地震があるから、といわれるかもしれませんが、建築も変わってきましたし、保険そのほかのテクニックもあるはずです。それからフランスでもどこでも、建物の償却とは切り離した、別の考え方で不動産価値が形成されています。

日本には不動産というものの特性をよく知るプロの方々はたくさんいらっしゃいます。また都市計画、国土整備など官の取り組みも必要です。今こそ真剣に取り組んで欲しいものです。

<第1回>建物がうまくいけばすべてうまくいく!
<第2回>資産としての不動産
<第3回>“門”の内と外
<第4回>ノテール事務所
<第5回>ゴルフ場開発の資金は別荘地売却で
<第6回>Habitat indigne(「不適切な住宅」)と logement indécents
<第7回>不動産店舗取引の3つのキーワード「mur(ミュール)」「Bail(バイユ)」「Fonds(フォン)」
<第8回>リバースモーゲージとは似て非なる「ヴィアジェ」の話
<第9回>分業で行われるフランスの新規住宅供給
<第10回>開発・分譲で利用される「将来完成する状態での売却」とは?
<第11回>フランスの歴史的文化財(monument historique)
<第12回>賃貸収入の税控除と賃貸制度のしくみ
<第13回>固定資産税とは異なる「不動産税」の考え方
<第14回>老後資産の主役は「不動産」
<第15回>不動産の特徴を享受できる“SCPI”

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