1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。
パリ第三大学留学後、フランス在住。シンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。またフリージャーナリストとして著書『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書) 他。
2019年04月26日公開
ノートルダム大聖堂が火災にあいました。炎に包まれた尖塔が折れる悲惨な映像は日本でも何度も流されたことと思います。石造りだといってもパリの石灰岩は火に弱く、すぐボロボロになってしまいます。心配しましたが、幸い建物は残りました。それにしても、日頃「ノートルダムは醜悪だから壊してしまえ」などと言っていた日本でも著名なフランスの建築家が、「できることならこの破壊された栄華の再建を手伝いたい」とコメントしたのには呆れました。
それはさておき、フランスの国の制度として歴史的文化財(monument historique)というものがあり、建造物や景勝地が指定されます。もちろんノートルダムもその一つです。これには「指定」(classes)と「記載」(inscrits)の2種類があります。「指定」の方がランクが上ですが、保護という点では変わりません。ただし、工事手続きについては異なります。「指定」の場合、修復を含めてすべての工事について市町村レベルの建築許可ではなく、国の許可が必要です。具体的には、計画段階で文化省の出先機関である地方文化事業局(DRAC)の州文化財保存局(CRMH)と協議し、州レベルの国全体の代表である州プレフェ(地方長官)の許可を受けます。決定書には文化財局の科学的技術的検査の条件が明記され、注意書きや留保が書かれることもあります。工事中および終了後にその検査があります。
「記載」になると若干軽くなって、市町村の建築許可の対象です。とはいえ、事前の州文化財保存局との協議や、工事中・終了後の検査は同じです。
補助金は通常「指定」は費用の35%程度、「記載」は15%程度です。これに地方公共団体の補助金を上乗せすることもできます。税控除もありますが、ときには、それこそ人間国宝級の職人を頼み、材料も相当高価なものを使わなければなりません。
建物全体でなくても、たとえば階段や窓など一部だけが文化財に指定されていることもあります。その場合も当該の部分や周辺の工事には特別許可が必要です。見落としがちですが、購入に際しては、都市計画書類で確認する必要があります。
さらに、歴史的文化財そのものだけではなく、当該物件から半径500mの範囲の保護があります。ここでは、外から見えるもの、つまり建物の外観や庭などが規制されていて、その変更には文化省のフランス建造物監視官(ABF)の承認が必要です。
保護規制はこれだけではありません。市街地を面として保護する保全価値付け計画(PSMV)と建築・遺産価値付け計画(PVAP)があります。PSMVは、地区を昔の姿に復元しようとするもので、建物の内部にまで規制が及びます。国の指定制度で、都市計画図(土地利用図)では対象地域は白抜きになります。PVAPは市町村が国と協働のもと指定するもので、建物等の外観だけが規制されます。
さらに、これらに加えて、景勝地として「指定」「記載」されている地域があります。ここでは、外観規制があります。
なお、500m規制にしろPVAP、景勝地にしろ規制対象は外観だけですので、内部は自由に変えられます。よく、外観は石造りの古い建築なのに中は東京に負けない現代オフィスということがあります。また、特別指定がない限りあくまでも周囲と調和していればいいので、前の建物を壊してたて建て替えることも可能です。
様々な規制があって窮屈だと思われるかもしれません。文化財そのものは、たとえ補助を受けたとしても工事費そのものが高くつくことは否めません。しかし、その周辺の建物や地域指定の地区は投資面から言うと、環境が保全され、新規不動産の大量供給もないので、不動産価値としては安定しており、キャピタルゲインも望めます。たとえば、PSMVのマレー地区や第7区の一部は売却・賃貸とも価格の高い地域になっています。
パリ市文化財 (部分)
Patrimoine naturel et culturel (fichier PDF)
※図をクリックすると全体図を表示します。
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