世界の不動産事情

小林 由美氏 

東京都生まれ。1975年東京大学経済学部卒。日本長期信用銀行に女性初のエコノミストとして入社。長銀を退職後、スタンフォード大学でMBA取得。1982年ウォール街で日本人初の証券アナリストとしてペインウェバー・ミッチェルハッチンスに入社。1985年経営コンサルティング会社JSAに参加後、ベンチャーキャピタル投資やM&A、不動産開発などの業務を行い、現在にいたる。株式会社ジャングル 社外取締役。 著書に『超・格差社会アメリカの真実」(日経BP社)、『超一極集中社会アメリカの暴走』(新潮社) 他。

小林 由美氏

2019年02月18日公開 

プロフェッショナル 対 ネット・ブローカー 対 情報システム・ブローカー?(米国ベイエリアの不動産事情<最終回>)

スティーブはサンフランシスコの高級コンドミニアムに特化した不動産ブローカーです。子供の頃から詩が大好きで、大学の専攻も文学。でも詩人では食べていかれないと父親に諭されて、不動産ブローカーの免許を取りました。スタート時点ではブローカーのオフィスに所属したものの、1年足らずで友人と2人で独立。以来30余年のキャリアを通して10億ドル(1,000億円強)を越す取引実績をあげ、この市場セグメントではよく知られている人です。詩人が不動産ブローカーになるとどういうことになるのでしょうか?

彼が最初にやったのは、自分が住む家のリモデリングでした。パリに留学した時に、ヨーロッパでは築後200~300年の家に、改修しながら住み続けるのが当たり前ということを知って、印象に残ったそうです。同じことをサンフランシスコでもできるはずということで、築後100年以上経って時代遅れの間取りになっている家を買い、自分の好みに合うように改築しました。

その改築工事をしている最中から、売却するのかという問い合わせが頻繁にあったそうです。家を改修するのは売却準備と考えるブローカーが多いためです。当初は自分用に改修したものの、そんなに問い合わせがあるのなら売ってしまおうということで売却。同時に次の住み家として、コンドミニアムを買いました。

アメリカでは、住んでいる家を売却して45日以内に次の家を見つけ、180日以内にその家を買うと、前の家を売った時に発生した売却益は、連邦所得税の課税が延長されます。例えば2,000万円で買った家に600万円投入して改築し、3,000万円で売却すると、400万円の売却益が発生します。でも半年以内に同じような家を同じく自宅として買うと、それは売却・購入ではなく、家の交換と見なされます。だからそれを繰り返すと、売却益に対する連邦所得税は払わずに、少しずつ高価な家に移り住んで、貯蓄を増やすことができます。

非課税ではなく納税義務の延長なので、最終的に売却した時には、それまでに蓄積した売却益にまとめて課税されます。でも実際にそれが起きるのは死んだ時で、その時の遺産が免税範囲であれば非課税で相続できます。だから人気のある合法的な課税回避策になっています。

因みに遺産税の免税範囲は、2016年には1人549万ドル(6億円)、夫婦で1,098万ドル(12億円)だったので、実際に遺産税を払ったのは全米1億を越す世帯の中で、僅か5,219世帯に過ぎませんでした。(アメリカの連邦税には相続者に税金がかかる相続税は無く、代わりに遺産に税金がかかる遺産税があります。州の所得税は州によって違うので、免税範囲は州によって違いますし、相続税がある州もあります。)

その免税範囲は、2017年末に実施されたトランプ減税策によって2倍になり、1人1,118万ドル(12億円)、夫婦だとその2倍になりました。だから25億円を越す遺産があるごく一部の大金持ちを除いて、遺産税を心配する必要は無くなりました。内閣が大金持ちで構成されるとどういうことになるのか、如実に示した一例です。そんな減税策を、所得すら免税範囲内で無一文の国民が多数支持しているわけですから、アメリカで貧富の格差が拡大するのも当然です。(因みに所得税を払っているのは、納税義務者総数の1/3未満です。)

話を元に戻して、スティーブは次にコンドミニアムを買ったのですが、その改修には厄介な問題が生じてしまいました。コンドミニアムのHome Owners’ Associationの規約によって、リモデルするにはデザイン・レビュー委員会の承認が必要でした。ドアの内側をどうリモデルしようと誰にも迷惑は掛からないはずなのですが、頭の古い人たちには耐えられなかったようです。要は、古い造りは内部をダイニング・ルームや3つのベッドルームなどに細かく区切ってあったのですが、彼はオープンスペースに魅力を感じていたので、1ベッドルームを残してnon-structuralな壁を全て取り払おうとしたのです。そうなると面積は同じでも1ベットルームのユニットができてしまうから、コンドミニアム全体の品格が落ち、従って価値も落ちてしまう、というのが反対の理由でした。

こでスティーブはHOAのボードメンバーに立候補して、HOAの改革に乗り出しました。HOAのボードメンバーはボランティアですから、通常は候補者を探すのが大変です。そこに駆け出しとはいえ不動産のプロが立候補したわけですから簡単に承認されて、彼はそのビルの内情に精通することになりました。そして1年後には改修の承認も出て、当初の目的を達成しました。リモデルが完了した時には住民を招いて披露パーティを開き、オープン・スペースのモダンなデザインを見せて、賞賛されたそうです。そうして住民の信頼を獲得すると、そのビル内の売買について相談が増えます。その後は、もうお話しする必要は無いでしょう。

スティーブは3年位ごとに同じことを繰り返し、毎回キャピタルゲインを得ながら、多くのコンドミニアム・ビルの内情や住民に精通することになりました。自分のユニットを売却してビルを去った後もHOAのボードメンバーは続けたり、コンサルタントとして相談に乗ったりで、彼は多忙です。最初は成り行きでそうなっただけですが、詩人でアートにも強い関心の強い彼は、趣味を楽しみながらビジネスを拡大する戦略に遭遇したという次第です。

そうなると、コンドミニアムの設計段階からの相談も増えます。ターゲット顧客を絞り込んで、ターゲット層のライフスタイルに合う設計、魅力ある設備、ペットや短期レンタルに関するポリシーなどを含めてHOAの規約作成にもアドバイスを求められます。そして完工したら、もちろん販売です。

不動産ブローカーをWebサービスで代替しようということで、近年RedfinZillowなどが猛烈な宣伝を繰り広げています。ベイエリアは住宅価格が高騰しているので、ブローカー手数料は5%が普通です。売り手と独占販売契約を結んだブローカーが売却代金から5%を差し引き、それを買い手のブローカーと折半するので、それぞれのブローカーが2.5%ずつです。それをWebサービス経由にすれば手数料は半分近くで済む、というのがWebブローカーのセールスポイントです。

他方Compassは、ベンチャーキャピタルをバックにした2012年創業の新興ブローカー会社です。ブローカーが必要とする情報を全て含んだ便利な情報システムを開発したのですが、システムが売れなかったので自らブローカー業に乗り出した次第です。ソフトバンク・ビジョン・ファンドが2017、18年と2年続けて億ドル単位の出資をしたので、日本でも話題になったかもしれません。創業6年間で12億ドル(1,300億円強)の出資金を集め、最新の株式発行では企業価値が44億ドル(5,000億円弱)の評価になっています。その集めた資金でブローカー会社を買収したり、ブローカーを引き抜いて、世界1のグローバル・ブローカー企業を目指しています。

ブローカー企業に所属するブローカーの場合、取引額の大きい人は、獲得した手数料の85%~90%が自分のものになります。企業内部にはせいぜい10~15%しか残りません。企業側はその資金から情報システムの構築や若手ブローカーに対する教育指導、様々な管理業務に必要な費用を出すわけですから、規模の経済効果が大きいとはいえ、決してマージンの厚いビジネスではありません。その業態で手数料の95%の払い出しを約束し、サインアップ・ボーナスも支払ってブローカーを集めたら、企業としての利益は当分出ないでしょう。でもアマゾン以来、大きく成功するスタートアップ企業は赤字が長く続くのが当たり前。売上が増え続ける限り、いずれは市場を支配して大儲けできるという風潮になっているので、同じロジックを追っているようです。

ブローカー企業に所属するブローカーの場合、取引額の大きい人は、獲得した手数料の85%~90%が自分のものになります。企業内部にはせいぜい10~15%しか残りません。企業側はその資金から情報システムの構築や若手ブローカーに対する教育指導、様々な管理業務に必要な費用を出すわけですから、規模の経済効果が大きいとはいえ、決してマージンの厚いビジネスではありません。その業態で手数料の95%の払い出しを約束し、サインアップ・ボーナスも支払ってブローカーを集めたら、企業としての利益は当分出ないでしょう。でもアマゾン以来、大きく成功するスタートアップ企業は赤字が長く続くのが当たり前。売上が増え続ける限り、いずれは市場を支配して大儲けできるという風潮になっているので、同じロジックを追っているようです。

アマゾンが扱う商品の大半はマス市場向けの量産日用品で返品も可能。それに対して持ち家の売買は、大半の人にとって一生のうちにせいぜい数回の経験。物件の評価が難しい上に、返品も効きません。人生で最大の金額になる買い物で、人生のクオリティにも大きく影響する重大な出来事です。そんな重大なことだからこそ、信頼できるプロのアドバイスを求める人が多いことは言うまでもありません。但し、有能で信頼できるブローカーを見つけられる保証が無いのも現実。

ブローカー企業の資産は、情報システムとブローカーと市場での信頼。WebサービスやCompassがこの3つを確立して他のブローカー企業を駆逐していかれるのか。薄利多売戦略がここでも成功するのか。疑問と恐怖が渦巻きませんか?


<第1回>サンフランシスコの住宅価格
<第2回>サンフランシスコ・ベイエリア
<第3回>アメリカの人口分布
<最終回>プロフェッショナル 対 ネット・ブローカー 対 情報システム・ブローカー?


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