第9章:英断
流れを大きく左右する重要な判断がある。
当時の施工不備のためか、現状のままでは寄附の規準を満たさないという雨水管もあった。
このままでは、それらの雨水管は寄附の対象外となってしまう。かといって、当時、他と同じように整備されたはずのものである。それらの雨水管を使っている町会住民からすれば「なぜ、うちの前の雨水管だけが寄附の対象にならないの?」となるだろう。
だから、それらの雨水管も寄附の対象にしていかねばならない。
私)こんな雨水管があるのですが、今のままでは寄附ができません。どうしますか?
町会長の答えは、明確だった。
会)町会住民の中に不公平があってはなりません。本来、寄附の対象となるはずのものが寄附の対象外となるとすれば、そこに住む住民は「何故私のところだけが…」と不公平感を抱くでしょう。それは避けねばなりません。
よって、ひとまず「町会内にある雨水管はすべて寄附の対象にする」という方針で進めてください。たとえ「寄附を受け付けてもらうためにはそれらの雨水管をすべて入れ替えねばならない」としてもです。
町会長の英断だった。
第10章:雨水管が個人の敷地を通過している
単純な話ばかりではない。
ちょっと、イメージして欲しい。
東南角地の家がある。所有者は甲さん。東側の側道には町会所有の雨水管A(以下、「管A」という。)が、南側道路にも町会所有の雨水管B(以下、「管B」という。)が入っている。
しかし、管Aと管Bは垂直にはつながっていない。奥から手前の南側道路へ伸びる管Aは地点1で左斜め下方向に向きを変え、甲さんが所有する東南角地の下を通り、管Bに接続している。(以下、この敷地の下を通っている部分を「斜め管」と呼ぶことにする。)
業)今のままでは(個人の敷地の下を雨水管が通過しているので)寄附の対象となってきません。地点1から南側道路にまっすぐ伸びる雨水管を新設し、管Bと垂直に接合する必要があります。接合部分にはマンホールCの新設も必要です。
私)わかりました。船橋市にも見解を聞いてみます。
船橋市役所を訪問する。
市)おっしゃる通りです。雨水管及びマンホールCを新設していただく必要があります。ただ、マンホールC新設予定場所のすぐそばには別のマンホールがあります。新設できるかわかりませんね。
私)そうですね。ちょっと確認してみます。斜め管については、どうすればよいですか。
市)①斜め管を管Aと切り離し、斜め管に雨水が浸入しないようにする。
②斜め管は、寄附の対象にはできないので寄附の対象からは除く。
ことになります。
私)了解しました。
甲さんの敷地の下に他人の所有する管があるという状態は望ましくない。よって、斜め管の所有権は町会から甲さんに移すしかない。もちろん、それには甲さんの同意が必要だ。マンホールCの新設のことも含めてちゃんと甲さんに説明する必要がある。
幸い、甲さんは排水組合を作ったときのメンバーである。雨水管の寄附には協力的だ。ただ、万一にも変な誤解を与えて甲さんに反対されてしまっては困る。そして、このことは文書にも残しておかないと。
私は、甲さん宅を訪問した。
私)甲さん、実は甲さんの敷地の下を町会の雨水管が通っていることがわかりました。
甲)えっ、どこよ。
私)(窓から該当場所が見える。私はそこを指さしながら、)ちょうど、あの辺りです。
甲)そうなのかい?
私)はい。そして、このままだと雨水管を船橋市には寄附できません。
甲)えっ、そうなの?
私)はい。ついては、相談なのですが…。
甲)どんなこと?
私)斜め管は管Aと切り離し甲さんの敷地内に残したままにします。その上で、斜め管は寄附の対象から外し、代わりに斜め管の所有権を町会から甲さんに移転します。また、このことについては甲さんと町会との間で文書を取り交わし、後日問題が生じないようにします。文書は私の方で作成します。これで、いかがでしょうか。
甲さんは、ちょっと考え、
甲)良いよ。町会のためだもの。それに、あんたがやっているし。それで大丈夫なんだろう?
私)はい。町会にはこのことを伝えておきます。ありがとうございます。
それと、あそこに見えているマンホールのそばに新たにマンホールCを設置することになります。
甲)でも、あそこの工事をするのは大変だよ。水道管と東京電力の管も入っているからね。多分、それらの管を避けるようにマンホールCを設置しなければならないんじゃないかなぁ。ホントにできるの?
それに、南側道路には確か雨水管がもう一本あった気がしたよ。
新たな問題の発生である。そんなに管が入り組んでいるのか。これは、ますますマンホールCが新設できるかわからなくなってきたぞ。
私)近々、ここで水道工事があると聞いています。その水道工事のときに道路を掘るでしょうから、工事業者にはその時に必ず現地を見るよう指示しておきます。
結局、水道工事の現地確認では各管が複雑に入り組んでおり、見ただけでは詳しい状況はわからなかった。
やはり、試験掘りをするしかないか…。
その前に、マンホールCが設置できない場合に備えて船橋市役所とも協議しておこう。私は、工事業者を連れて船橋市役所を訪問した。
業)現地は色々な管が入り組んでおり、マンホールCを設置する際に障害となるかもしれません。そのときは、サイホン(※)でいこうと思います。
※サイホン式排水システム
高低差を利用し、パイプ内を空気の介在なしに水が流れることで、効率的に排水を行うシステム。ここでは、まず地点1と障害物との間にマンホール1を設置、続いて障害物をまたぐようにマンホール2を設置する。次に、マンホール1とマンホール2の上部と下部をそれぞれ管でつなぐ。上管は障害物の上を、下管は障害物の下をくぐるように設置していく。
市)(マンホールCを新設するうえで)何か障害物があるの?
業)まだ、わかりません。
市)試験掘りはしたの?
業)まだです。ただ、もし障害物が邪魔になってマンホールCが設置できないという事態に備えてサイホンも考えておこうということです。
市)ただ、サイホンだと2基のマンホール間にはある程度の距離が必要でしょう。それに、下管はマンホール1とのつなぎ目付近を斜め下向きにしてもらわないとダメだよ。下向きにすることで勢いがついて水が流れていくわけだから。そうでないと、下管に水が貯まっちゃうんだよね。もちろん、上管も付けてもらわないと。上管は管Aよりも高い位置でないとダメだよ。逆流しちゃうからね。
業)わかりました。
これで対応策も提示できた。あとは、実際にどうなるかだ。
後日、試験掘りが行われた。心配された障害物との干渉はなく当初予定していた位置にマンホールCを設置できることがわかった。ホッと胸を撫でおろす。
その後、甲さんと町会との間では文書が取り交わされた。雨水管及びマンホールの新設工事も無事行われた。
尚、当時斜め管で対処されていた理由は、管Bの(地中内での)高さが高く管Aをそのまま伸ばして管Bにつなげたのでは雨水が流れないためだとわかった。 個人の理解と協力が必要になる。工事も技術的なことが求められる。日頃からのコミュニケーションとしっかりとした対応策が要求される場面だった。