第5章:事前準備
私は覚悟を決めていた。もう迷いはなかった。私のやり方でやらせてもらう。
本来、町会の人であれば誰が行ってもよい事業である。もし、私のやり方が気にくわないのであれば、すぐに私を辞めさせればよい。そして、その人がやればよい。ただ、それだけの話だ。
私は町会に条件を出すことにした。
私)私がやるからには、次の条件を守っていただくことになります。
一、私のやり方に口を挟まない(もちろん提案や質問は別)。
二、補助金を受ける前提で寄附手続きを進めるため、相応の時間がかかる。
三、補助金を受けるには、おそらく道路所有者からの承諾書等が必要になる。
そのときは町会にも協力してもらう。
今、大事なのはスピード感である。いつまた地震が起こるかわからない。一刻も早く寄附を完了させる必要がある。そのためには、やり方についていちいち議論をしている時間はない。私を信じてもらうしかない。
ただ、同時に、私は自分自身にもルールを課した。
一、町会長はじめ町会役員、町会事務員の方々に迷惑はかけない。彼らが非難の矢面に立つようなことがあってはならない。私の指示した事項にはすべて私が責任を持つ。
二、町会長はじめ町会役員、町会事務員の方々に進捗状況を逐一報告する。誰から質問されてもすぐに回答できる状態を整える。
三、できる限り迅速に寄附事業を完了させる。
私は、町会から承認を得た。
さて、これからどう事業を進めよう。まずは町会長に相談してみる。町会長はこのとき40代。聡明な方で判断も早い。
私)どう進めたらよいですか。
会)基本的には細沼さんにお任せします。ただし、町会住民全体の総意として事業を進めたいので、(細沼さんからの)町会への報告→町会役員会→地区長会というプロセスを経て物事を進めるようにします。
地区長会の開催は月1回。タイミング次第では作業が1ヶ月遅れになる。それは避けねばならない。複数作業の同時進行が求められる。なるべく早く必要作業を抽出・報告し、効率的に決議を取る必要がある。
それに、町会住民の中には「一体、何を行っているんだ?」と疑問を抱く人も出てくるだろう。こちらが皆のためと思って動いていても、そう思ってもらえるとは限らない。この点はどうしよう?
そうだ! この町会には永年町会の仕事に携わっている事務員さんがいる。最も町会のことを知る方だ。町会住民からの信頼も厚い。何かわからないことがあれば、きっとこの方に聞きに来る。この方の協力なくしてこの事業の成功はない。まずは、事務員さんにこの事業について正確に理解していただこう。
事務員さんは、仕事で不動産に携わった経験のある方ではない。ごく一般の方である。しかし、大変熱心に私の話を聞いてくれる。本気度が違う。町会長をはじめ事務員さんにもこれだけ熱心に取り組んでいただけるのであれば、きっとこの事業は成功する。いや、成功させねばならない。改めて、そう決意した。
寄附のための資金はどうしよう? 確かに町会には受益者負担金により蓄えた資金があるが、潤沢とはいえない。おそらく補助金制度を使うことになる。
それに、仮に補助金制度を使うとしても、すべての工事が補助金の対象となるかはわからない。調べてみると、案の定、工事の内容によって補助金の対象になるものとならないものがある。公道・私道によっても補助率が違う。また、私道内でも補助率が変わってくる。(私道は工事費の65%、公共性の高い私道は工事費の80%、公道の排水工事は90%、道路整備工事は80%)
場合によっては、銀行からお金を借りることも想定しなければならない。もしそうなったら、町会員の同意が必要になる。おそらく反対者続出だ。説得にも時間がかかるだろう。ここは大問題になるかもしれない。
また、今年度の補助金の枠は残っているのだろうか。もし、残っていないのなら来年度の補助金に期待するしかない。そうなれば、寄附の完了がまた遅れる。ここも確認が必要なところだ。
補助金制度を使うとなれば、決まった流れで進める必要も出てくる。スピード感も意識していかないと…。
第6章:事業開始
不動産鑑定士。あまりご存知ないという方もいるだろう。不動産鑑定士とは、不動産の適正な価値を鑑定するプロフェッショナル。その専門知識を駆使して中立的・客観的観点から顧客のニーズに合わせた適切なアドバイスや提案も行う。
今回の事業には公共性も要求される。そのため、「私が不動産鑑定士である」ことも船橋市がこちらを信頼してくれた一因だったかもしれない。
この事業は4期に及んだ。第Ⅰ期が2012年(平成24年)~2013年(平成25年)、第Ⅱ期が2015年(平成27年)、第Ⅲ期が2017年(平成29年)、第Ⅳ期が2020年(令和2年)である。
2012年5月、私は船橋市役所を再訪した。今度は船橋市も積極的に話を聞いてくれる。
私)まずは寄附対象の確定が必要です。町会所有の「排水平面」と船橋市所有の「排水系統図」とで雨水管の埋設位置に違いがあります。一方では入っているのに、他方では入っていないところがあるのです。そこで、実際はどこに雨水管があり、その雨水管は寄附の対象となるのか、船橋市の方で調べていただきたいのです。
また、両方の図面には載っていないのですが、「確かにうちの前の道路には雨水管が入っている。私、実際に雨水管を入れる工事を見ていたから知っているのよ。」とおっしゃる方もいます。
市)わかりました。雨水管の状況も含め、こちらで調べてみます。
調査はすぐに行われた。
市)一応、雨水管の所在等は把握しましたが、実際にカメラを管の中に入れてみないとわからないところもあります。また、
①マンホールや雨水管内の清掃(圧掃)を行わなければならない箇所が多数あります。しかも、マンホールが土などで半分埋まっており雨水管が見えない箇所もあります。そこについては土を全部掻き出して清掃していただく必要があります。
②図面上はマンホールがあるのに、実際にはマンホールがないところがあります。
③マンホールの蓋を取り替えなければいけないところがあります。
④雨水管は入っているのですが、建築基準法上の道路として指定されていない道路の下に入っているものがあります。これは、寄附の対象外となります。
との指摘だった。
まず、①についてはどのように対処しよう? どこに頼むか?
確か、公益社団法人で評判の良い業者があったな。よし、そこに話を聞いてみよう。きっと、船橋市の事業をいつもやっているだろうから市とのやり取りもスムーズなはずだ。
私)御社に頼むと、どんなメリットがありますか。
業)弊社は船橋市の事業をメインに受託しております。排水機場の管理(例:水門の開閉、船橋市管理の調整池の清掃や草刈り等)や、高瀬や西浦にある下水処理場の運転管理なども行っております。
また、今般のような移管がある場合の、その移管に係る準備業務なども多数行ってきました。船橋市に移管するような場合は膨大な報告書を提出しなければなりませんが、弊社であればその辺りも問題なく整えることができます。
よって、弊社の長所としては、①公共性があること、②実績があること、という2点を特に指摘できると思います。
予想どおりだ。ここなら問題なさそうだ。
②はどうする?
先の業者であれば雨水管内にカメラ付きのラジコンを走らせる調査ができる。それではっきりするはずだ。もし、マンホールがなければ新設するしかないか…。
③は蓋の取替えだけだから、大した問題ではない。
④はキーポイントとなるだろう。
建築基準法(建物を建築するときの最低限のルールを定めた法律)で定めた道路の下に入っていないと寄附ができないとなると、町会中のすべての道路について当該道路に該当するか否かを調べる必要がある。当然、公道だけでなく私道もあるだろう。私道については、土地の所有者からの承諾書が必要になるはずだ。全部の私道の所有者も調べねばならない。
私は、市役所での調査後、法務局へと向かった。その数は延べ268人にのぼった。268人か…。私は町会にそのことを報告した。