全事例その他千葉県
No.4

豪雨から町を守る!
町会が挑む雨水管寄附の実話

第3章:なぜ町会は寄附する必要があったのか

 ゲリラ豪雨といった突発的な豪雨が頻発し、予測不能な自然災害に備える必要性がますます高まる現代では、町会が独自に雨水管を所有・管理し続けることは現実的に見て厳しい。ここでは、雨水管寄附の必要性について詳しく掘り下げていこうと思う。

 町会が雨水管を船橋市に寄附する必要性が真剣に議論され始めたのには、いくつか理由がある。

 まずは、費用的側面である。仮に、雨水管が破損した場合、町会はその修繕費を全額負担しなければならないが、管の入替えや補修には数千万円単位の費用がかかることもあるだろう。異常気象による豪雨が発生すれば、さらに管にかかる負担は増大し、大規模な修繕が一度に必要となるおそれもある。

 次に、資産的側面である。実際に雨水管が壊れたら、その影響は甚大だ。たとえば、豪雨が発生した際に雨水管が正常に機能しなければ、道路はすぐに冠水し、住民の移動や生活に深刻な支障を来すだろう。住環境が悪化すれば、地域内の不動産価格が下落し、売却も難しくなる。つまり、町会全体の資産価値に影響を及ぼす可能性があるのだ。

 また、「今後の世代への影響」も理由の一つとして挙げられる。住民の高齢化が進めば、町会が排水設備の管理を続けることがますます難しくなっていく。管理にかかる人手や費用が増す一方、管理に必要な知識や経験を有するメンバーは減っていく。このまま町会が管理を続けると、いずれは管理のための知識やノウハウが継承されなくなる可能性もある。

 こうした理由から、雨水管の寄附は将来を見据えた選択であり、町会が持続可能な地域社会を実現するための必要不可欠な一歩といえる。

 また、寄附が実現すれば、町会には多大なメリットもある。①市が雨水管の管理を引き継ぐので、設備の維持や修繕は公的な予算で行われるようになり、町会が直接的に費用を負担する必要がなくなる。②行政が管理を行うことで、災害時の対応力も向上し、住民にとって安心して暮らせる地域環境が確保される。③市の管理下に入れば、管の状態を継続的にモニタリングし、必要に応じて迅速にメンテナンスを行う体制が整う。町会が抱えていた前述の問題がすべて解消されるのだ。

 もっとも、寄附を実現するには相応の準備が必要である。寄附の際には、町会が所有する雨水管が、船橋市が受け取れる状態でなければならない。仮に管が破損したままで寄附を行えば、市にとっては財政負担が大きくなるからだ。ただ、それに備えて、町会では長年にわたって「受益者負担金」を積み立ててきた。

 雨水管の寄附は、町会の住民にとっても船橋市にとっても重要な転機である。地域インフラを支える大事な設備が行政の管理に移行することで、住民の暮らしが守られ、地域全体の資産価値も保たれる。私たちは、こうした取組みを通して、未来の住環境の基盤を築いているのだ。

 ここからは、いよいよこの寄附がどのように実現されていったのか、より実感していただくために、実際のやり取りをメインに詳しく紹介していこうと思う。

第4章:バトン

 ある朝、私は社長に呼ばれた。

私)何でしょうか。

 社長はこのとき町会の副会長を務めていた。社長は私にこう告げた。

社)そこの道路の下に雨水管が入っているだろう。それを船橋市に寄附しなければならないんだ。

私)えっ、どういうことですか。

社)そこに入っている雨水管は、昔、オレたちが排水組合を作って入れたものなんだ。だから、雨水管の所有権は排水組合(現在は町会)にある。それを船橋市に寄附して欲しいんだ。

 既にガンを患っていた社長は雨水管のことが気がかりだったに違いない。地域の人も入れ替わり、今や雨水管を寄附できていないことを危惧する者も少なくなった。自分が生きているうちにやらないと、もはや誰もやる人はいないだろう。だから、自分が生きているうちに何とか雨水管の寄附に目途を付けたかったのだと思う。

 しかし、そんなことはやったこともないし、どう進めればよいかもわからない。私はひとまず社長に言った。

私)一度、船橋市役所で話を聞いてきます。

 翌日、私は町会所有の「排水平面」を手に船橋市役所に出向き、担当者に話を聞いた。

私)この図面に載っている雨水管を船橋市に寄附したいのですが、どうしたらよいですか。

市)ちょっと調べていいですか。

 いきなり、この人は何を言っているのだろう。きっと、この担当者はそう思ったに違いない。なにせ、いきなり町会全体の雨水管が載っている図面を広げ、「コレを全部寄附したい。」と言っている。一部だけならまだしも町会中の雨水管全部だ。そんな話は聞いたことがない。

 それに、そもそもなぜ町会が雨水管を所有しているのだろう? 所有しているのは船橋市ではないのか? 仮に町会が雨水管を所有しているとしても、この人物は一体何者なんだ? なぜ、この人物が町会全体の雨水管の話をしているのだろう?

市)確かに、雨水管は町会が所有しているようですね。船橋市の所有にはなっていないです。

私)そうなのです。私は、不動産業者なので、まずは町会所有の雨水管を船橋市に寄附するにはどうしたら良いのか聞いてきて欲しいと頼まれたのです。

 そうして、私は名刺を出した。会社名と「私が不動産鑑定士である」旨が載っている。担当者は、

市)確かに、不動産業者の方のようですね。でも、町会全体の話でしょう。寄附はできないことはないかもしれませんが、過去にここまで大規模な寄附など見たことはありませんよ。本当にこれをやるのですか。

 どこかの不動産業者がちょっと聞きに来ただけ。どうせ本気ではない。そう思われたのかもしれない。

 しかし、私は単なる不動産業者ではない。宅地建物取引士であることは当然として、何より私は不動産鑑定士である。そして、自ら不動産売買も行う。不動産鑑定士の中でも不動産売買を仕事として実際に行っている者は非常に少ない。①不動産鑑定士としての知識と理論、②それを生かした不動産売買の現場での経験、この両輪を有することが私の強みだ。だから、私はこう言った。

私)もちろん、やります。私は、不動産鑑定士です。そして、自ら不動産売買も行っています。だから、町会からも信頼してもらい、雨水管の今後を任されたのです。関係者の権利調整なども日頃から行っています。だから、私がやるのです。

 さらに、私は話を続ける。

私)ついては、お金がたくさんかかると思います。何かよい方法はないですか?

市)補助金の制度ならありますけど…。

これだ! 私は瞬時にそう思った。望みが出てきた。これを使わない手はない。すぐさま、

私)補助金の制度があるのですか。どうすれば、その制度を使えるのですか?

市)(補助金制度のフローチャートを出しながら)この流れで進めてもらうことになります。ただし、当然必要書類がありますし、その中には道路所有者からの承諾書があります。本当に、道路所有者全員から承諾書を取ることができるのですか。相当な人数になると思いますよ。

私)それは承知しております。ただ、補助金制度があることがわかりましたので、まずは持ち帰って、町会にその話をしてみます。

 私は帰って、社長にこの話をした。

私)補助金の制度があります。これを使えば、何とかなるかもしれません。

 ただ、私が担当したために寄附ができないというリスクはある。本当に私で良いのか、私は再度社長に確認した。

私)ホントに私で良いのですね?

 社長は答えた。

社)何を言っている。いいか、お前だからできるんだぞ。

 その翌年、社長はガンで亡くなった。バトンは私に託された。